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 再生医療と歯科界
〜日本の技術を世界へ〜 歯科医療に明るい展望

【衝撃的だった細胞培養】
 直接のきっかけは1984年の新聞記事です。アメリカで培養皮膚を使って全身のやけどを負った子供2名が救命されたというニュースでした。
 そのころ、私は名古屋大学の大学院生で、皮膚移植の研究をしていました。その時に細胞から皮膚を作り、それを移植し、移植したら永久に生着するということを新聞で読んだのです。
 細胞培養というテクニックで移植できる臓器を作ったというニュースに非常に衝撃を受けたんです。私は、たまたま形成外科の先生の指導で、皮膚移植をやってましたので、是が非でもこの技術を日本で一番早く習得しようと考えたわけです。
 そして、オリジナルペーパーを書いたハーバード大学のハワード・グリーン教授を尋ねました。彼は特殊な細胞培養の方法を確立していました。本来ならば細胞培養は、できるだけ混じりもののない単独の細胞だけを分離してきて、培養するという方法を取ります。それは線維芽細胞と上皮細胞を培養すると、線維芽細胞のはうが圧倒的に増殖能が強いので線維芽細胞ばかりになってしまうからです。イネを植えて育てているときに雑草が入ってきてしまうようなものですね。
 そこで、彼は線維芽細胞に少し放射線照射をして、増殖能を抑え上皮細胞を同時に培養すると、垂層化してくるということを発見します。そのことを知って、私たちはグリーン教授の細胞株をもらってきて、この特殊な方法を日本でかなり早い時期に確立したのです。そのことが研究を進めることができた理由です。その細胞培養の方法は、多くの幹細胞の培養に有効だった。だから、その細胞培養の方法をきっかけに、皮膚だけではなくて粘膜、角膜、唾液腺と、あらゆる細胞の培養方法を作り出していったわけです。

【再生医学、ここが魅力】
(先生はその後、培養骨そして歯胚の再生の研究へと進んでいますが。では、再生医学について、お話しいただきたいと思います。)
 お年寄りが増えてくると、これまで薬で治療できていたような病気ではなくて変性性の疾患が増えてきます。
 そもそも人間の体というのは破壊と修復がバランスを取って、あるかたちを作っています。歯周組織がその典型的なものですが、どんどん破壊される一方で再生していくから歯周組織が維持されています。年を取ると再生より破壊が強いので組織はなくなっていきます。
 再生力が弱くなる理由は、体の中の幹細胞の数が減ってくるからです。赤ん坊の骨はすぐ治りますが、お年寄りが骨折してもなかなか治らないのは骨を作る幹細胞が少ないからだと解釈されています。
 ところが、お年寄りの中にも赤ん坊の細胞がごくわずかあるので、それを取り出してきて損傷、破壊された臓器に補充します。すると赤ん坊の傷が非常にきれいに治るように、肝臓や歯周組織などが元に治るわけです。
 人工的に赤ん坊の状態を老人の体の中に作り出すようなものですが、それが再生医療の簡単な原理だと思います。

【特殊医療から一般医療へ】
(20年前に、すでにアメリカではそれを製品化するようなレベルまでいっていたのですね。)
 私はグリーン教授に会って、その培養方法の不思議さに感激すると同時に、彼の特許で作られたベンチャー企業の社長にも会うことになりました。
 グリーン教授はパテントを持っていたんです。その技術をもとに培養皮膚を作って売るという会社を教授自身が作っていたのです。この事実は、当時としては非常に奇妙な印象を持ったんですね。日本では産学連携はだめと言われていましたから。
 グリーン教授が作ったバイオサーフエス社は、後年のジエンザイム・ティッシュ・リペア社(Genzyme Tissue Repair)という非常に大きな再生医療会社の原型になったベンチャー企業です。
(でも実際には、われわれが国民に医療を提供する時には、業界との一体化がないと具体的に提供できませんね。)
 そうですね。企業という装置がないと特殊医療が一般医療にならないんだなと、その時に初めて知ったんです。特許を持っていること、特許を作ることの重要性も知りました。この経験があったので、私自身にとっては、産学連携のハードルは非常に低かったですね。
(先生が開発したもので日本でも培養皮膚が実用化されますね。それは今年ですか。)
 「今年度中」ということです。
 日本では初めてです。ヒト細胞を使った培養皮膚を商品として売るんですから、画期的だと思います。

【幹細胞がキーワー】
 基本的な要素としては、やはり幹細胞ですね。幹細胞という増殖能と分化能の非常に高い細胞を核にして、それに栄養を与える成長因子と、その細胞を三次元的にうまく配列するマトリックスが必要で、この3つが合わさって組織ないしは臓器が再生します。
(その幹細胞は、どの方向にでも分化できる、あらゆる臓器に変わっていく可能性がある細胞ですね。)
 「あらゆる」とは言えません。幹細胞は限定されたレパートリーの範囲内でしか分化しません。
 しかし、万能細胞と言われる胚性幹細胞はどんな細胞にもなるんです。骨髄では骨であるとか、皮膚であるとか、神経、筋肉、血管とか、間葉系の臓器だけになります。だから分化レパートリーの限界がある。これを体性幹細胞と言うんですが、その代わり倫理的問題はないし、自分の細胞だから免疫拒絶を受けないという長所もあります。
(再生医療は分かりやすく言うと、幹細胞があって、それを育てる土壌みたいなものがあって、そこに栄養を与える。その栄養になるものは何ですか。)
 成長因子です。骨だったらBMPとか、FGFとか、TGFベータのようなものです。こういうものは細胞を増殖させるか分化させるか、どちらかに働くんですが、BMPは分化させる方向に、TGFベータは増殖する方向に働きます。まさに植物を育てるのと同じです。 一般的に純粋培養は弱いといいますね。再生医療では培養した細胞が組織になりますが、感染に対しては弱いと思うのですが。 確かに弱いですね。機械的にも、バクテリアにも弱い。
(手術をした場合は、十分気をつけないといけないですね。)
 生体組織に勝る移植組織はないんですが、再生医療のいいところは、一個の細胞から大量の移植組織を作れることです。口腔外科で骨の移植をするでしょう。インプラントの時も歯周組織でも骨の移植を行います。あれは体の別の部位を傷つけるでしょう。その心配なく細胞1個から作れるんです。

【患者の細胞使い治す】
 理論的には可能ですが、再生医療の王道は、患者さん自身の細胞を使ってその患者さんを治すことだと思います。
(患者さんから採った骨を培養するのに、どのくらい期間がかかるんですか。)
 研究結果では、1グラムの骨を作るのに大体10の7乗個の細胞が必要です。それを1ミリリットルの骨髄液から作るとすると、だいたい1万倍ぐらいに増幅しなければいけないんです。そこまでに1カ月ぐらいかかります。
 オトガイとか上顎から骨髄液を2ミリリットルぐらい採るんですが、お年寄りだと必ずしも十分採れない時があって、腸骨から採ってきます。
(それを使って、たとえば垂直性の骨欠損のところに持ってい<んですか。)
 そうです。現在、行われているGTR法のような形で行います。

【骨の再生が簡単】
 フラップオペをやって肉芽組織とか感染組織をとりますね。もちろんそれまでにプラークコントロールをしておかなければだめですが。そうすると骨の欠損だけではなくて、歯周組織の欠損がはっきりしてきます。そこに血小板と細胞とトロンビンを加えます。
 ゲル化してプリンみたいな硬さになるので、それを欠損部に充填して、粘膜面を閉じて終わります。
(工ムドゲインを利用する方法がありますね。あれも同じように塗りつけますが。)
 エムドゲインは周辺に残っている幹細胞に働きかけているから、細胞が残っていなければだめなんですね。細胞を補充しているわけではありませんから。ですから、エムドゲインで治せる限界があって、クラスVの根分岐部に至っているような歯周組織の欠損はまず治らないといわれています。

【歯周組織欠損もカバー】
(われわれは臨床家として分岐部病変に大変な苦労をしていますが、いまのお話で、それが非常に明るく展望が開けるということですね。)
 抜歯適用だったものが、そうではなくなるかもしれません。さらに力説したいのは、たとえば歯周病に骨の移植をするとアンキュロシス(ankylosis)になりますね。だけど歯周組織は、骨と歯根膜とセメント質が一つのユニットになっていなければいけないでしょう。再生医療だとそれらが同時に治るわけです。理由は骨髄から採った問葉系の幹細胞がセメント、歯根膜、骨に分化し得るからです。ここがミソです。
(まさしく薬でやるんじゃなくて自分の持っている細胞が自然と再生させる。)
 そうです。いままでの治療コンセプトとは本質的に違います。私は、非常にリーズナブルな治療法だと思います。

【情報発信のチャンス】
 これは日本の医療全般に言えることですが、日本独自の医療技術を発信して、世界で大きな頁献をしたということは少ないですね。私たちが口腔外科で習った手術方法もだいたいドイツ人かアメリカ人の名前がついている。歯科材料も肝心のところは外国製に頼っていて、インプラントなんかその典型的な例じゃないですか。エムドゲインもしかり。
 これはど優秀な研究者がいて、優れた臨床医がいて、有力な、世界的な企業があって、情報発信できていないなんて異様じゃないですか。再生医療こそは、外国人にも教えてあげられる数少ない技術だと思います。
(先ほど培養したものは感染に弱いと言われましたね。歯胚の再生の前にもう一つ、問葉系の幹細胞もあるので、血球系の幹細胞もあるので、それを混ぜたら白血球が出ていって感染にも強くなるという考え方はできますか。)
 造血幹細胞を含んだ歯槽骨そのものを移植材料として使うという発想は正解だと思います。それで感染制御し、目的の幹細胞を防衛しながら、そこの局所に定着させる。その発想は正しいと思います。

【臨床の実用化も間近に】
 歯科で歯槽肯の再生を任すということは見えてきています。それをもう少し具体的に、われわれ臨床医レベルでできるようになっていくには、どういうことが必要でしょうか。
 重症の歯周病あるいは歯槽骨の欠損の場合はまず患者さんの骨髄液を注射器で採っていただきます。顎骨に麻酔をして、カッターのついた細い針で皮質骨を切って、骨髄の中に針を刺入します。そして外筒だけ残して内簡を抜きます。そうすると留置針のような状態になって、それに注射器を接続して吸引する。2ミリリットルぐらいの骨髄液は簡単に採取できます。

【役割大きい培養会社】
 これは将来の姿ですが、それにふたをして、細胞培養してくれる会社に骨髄液をクール宅配便か何かで送りますと、その会社はロボット化された培養システムを持っていて、無菌的に細胞を増やしてくれます。先生方のところで培養をする必要はなくて、時期が来ると、細胞が冷やした状態で先生方のどころに届けられます。それを血小板の濃縮したものと混ぜて「図3」の注射器で患者さんの歯周組織の欠拐部に注入するというシステムです。だから会社が大きな役割を果たします。
(先生のJ−TECというのは。)
 ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング社(培養皮膚生産・販売のベンチャー)とオステオジェネシス社は私が作った会社ですが、現在、厚労省の承認を受けるために努力しています。いわゆる臨床治験が今年から始まります。企業が販売するということになりますと、薬事法の承認を受けるために2施設で60例の臨床治験をやらなければいけません。承認をうければ将来的には、先生方のところの患者さんの細胞を増やして、また戻すということを、産業として有料でやれるようになります。
(見通しとしては何年ぐらい先になりますか。)
 2〜3年ぐらいじゃないでしょうか。それまでは何もしないで待っていればいいのかというと、そうではなくて、私はまず歯学部のアンダーグラデュエートの教育で少し準備してもらわなくてはいけないと思っています。
 卒業しておられる先生方にも実地の研修をしてもらわなくてはいけない。学会主導の研修コースのようなことを考えています。
(日本歯科医師会がやっている生涯研修も一つの選択肢になりますね。臨床医に対する教育と、一方では学生に対して、基本的・基礎的な知識をきちんと教えていく。そこに新しいシステムがあるということですね。)
 私は歯学部にそろそろ本格的な生命科学を持ち込むべき時期だと思うんです。
 歯科と医科の決定的な違いは、歯科は極端に人工材料によりかかった治療法だということでしょう。
 そうではなくて歯は生体組織の一部で再生し得るということになると、一般医科と同じ治療基盤に立ちますから。

【遠隔講義で大学と連携】
(「学生に共通の場を与え、歯科の穀に閉じこもらないでいこう」という点をお話しいただけますか。)
 私は今日本歯科大、東京歯科大、東京医科歯科大、日大、つまり東京近郊の歯学部と今度私が着任した東大医科研とで包括連携をやろうと提案しています。
 まず、学部学生に医科研に来てもらって、そこで幹細胞の基本的な知識を身につけていただきます。医科研には東洋最大のゲノムセンターがあるので、そこで幹細胞のゲノム解析の実際を見てもらう。都内以外の大学には、衛星通信を使って遠隔講義をする。歯科は非常に楽しい、将来も明るいんだと学生に感じてもらいたい。現実に本当に明るいです。
 こう言うとまた問題にるかもしれませんが、政府は診療報酬をどんどん削減していますね。でも歯科は自費枠を持っている診療科でしょう。自費枠を拡大していけばいいという考え方もあるでしょう。そうした自費枠拡大も、患者さんが望んでおられるような治療を提供すれば十分可能だと思うんです。
(先生の再生医療の実用化の中で3原則がありますが。まず低侵襲、それから即日治療、局所麻酔ですが、これはわれわれ開業医にとってはものすごくいいですね。)
 これからは大学だけでやっているような大げさな治療法ではだめなんです。やはり、みんなができるようなところまで落とし込んでいかなければいけないし、単純化して、規格化して、ほとんどの方が注意深くやれば成功できる技術にしなければいけない。こうした方向で大学は社会貢献すべきだと思いますし、世の中の変化が否応なく大学を変えていくでしょうね。日本は特許とか独創性のある研究は欧米に任せてきましたが、今こそオリジナルの仕事で勝負しなければいけないんです。

【歯胚の再生は5年後】
(そのオリジナルの中で歯胚の再生のお話を伺いたいんですが、異体的に今どのようなかたちで進まれていますか。)
 これも先はどから申し上げていますが、幹細胞が一番大事なんですね。これまでやってきた骨、皮膚、神経を作ったりするのは簡単です。細胞が1種類だけで、少なくとも問葉系の細胞でできるものは、全部作れるようになっています。歯髄、象牙質、歯根膜、骨。全部間葉系から来るので作れます。
 しかし、歯は厄介なことに、象牙質の上にエナメル質が乗っています。これは上皮系の幹細胞が必要になってきます。そうすると上皮と問葉の両方になるもっと上流の幹細胞を捕まえなければいけない。おそらく胎生期の神経堤細胞(ニューラルクレストセル)のような細胞で体のどこかに残っているはずなので、それを探しています。

【智歯のあたりに注目】
 注目しているのは智歯です。人間の体の中で智歯だけが生まれたあとで形成される。あそこに何らかの細胞の集塊ができて、上皮と間葉の相互作用が起こって、歯が発生する。場所がはっきりしている。そこの中に必ず歯の幹細胞があるだろうと見当づけたんです。
 歯の再生は莫大な市場ですから、世界中の歯の再生の研究者はみんな探していると思います。それを見つけた人たちは21世妃の歯科を制覇するでしょうね。ノーベル賞級だと思いますよ。
(歯の幹細胞を見つけたとしても、歯には臼歯、前歯、小臼歯がありますね。)
 それが次の問題だと思いますが、臼歯でも、小臼歯でも、前歯でも、いったんできてしまえば、そこのハードルはそんなに大きくないと思っています。
 今私たちは、イヌの顎骨で歯を作ることに成功しています。これが最大の障壁で次のステップは比較的小さくて、大きな問題にならないと思います。
(イヌの顎骨でできたということは、イヌの歯の幹細胞をとり出して、それらしきものを一緒にそこに植えてできたんですか。)
 そうです。イヌの歯胚幹細胞を顎に移植して歯が再生しました。歯の再生研究はいわばアポロ計画ですよ。アポロ計画はたしかケネディ大統領が言い出した話ですね。「アメリカ人を月の表面に立たせるんだ」と言って、アメリカ人に非常に大きな希望と勇気を与えたでしょう。国民を奮い立たせる一つの手段だったんです。
 それに負けずに。というよりも同じ構図があって、歯科の究極の目標は歯の再生で、それは決して不可能じゃないんだということを証明すればいいんです。私は5年先には世界で初めて再生した歯を顎骨に生やした人が間違いなく出てくると思います。

【医科からも高い評価】
(実現には行政も一緒にやらないとだめですね。)
 もちろんそうです。ありがたいことにこの研究には社会の関心が高くて、医科の分野でも歯科の再生医療がこれだけ進んでいるということを認識していただいていますから、研究費の面でも歯科は再評価されています。だから私は学生は志を高く持ってほしいと思うんです。組織の再生を根本的な話から学生を教育していくことは本当にすばらしいことです。ぜひ歯胚再生計画を頑張ってやってほしいと思います。
(将来の歯科界将来の展望が開けてきたと思います。どうもありがとうございました。)
上田 実 氏 東京大学医科学研究所教授、名古屋大学大学院医学研究科教授。
1949年大阪生まれ。72年京都大学工学部航空工学科卒。78年東京医科歯科大学歯学部歯学科卒。82年名古屋大学大学院医学研究科終了。スウェーデンのイエテボリ大学留学などを経て、94年より現職。
日本組織工学会の理事長でもあり、培養皮膚生産・販売のベンチャー「J-TEC」の設立を指導するなど、産業化にも積極的に取り組んでいる。
著書に『咀嚼健康法』(中公新書)、『ティッシュ・エンジニアリング』(編著、名古屋大学出版会)、『再生医療とは何か』(メディア出版)などがある。

日本歯科医師会広報 抜粋 (2004/1/5)より 

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